研究目的(概要)



 本研究は,差異や多様性が活きるアート学習に注目し,障害のある子もない子も共に学べる学習環境デザインを構築するための基礎的研究である。その目的は,はじまったばかりのインクルーシブ教育をアート学習の側面から探求し,実践を踏まえた上で概念の整理(定義)と基礎理論構築をめざす。
そのため本研究は、① 学校と美術館等( アーツ前橋) をつないだ地域支援コミュニティの構築,②「特別な配慮」を具体化する「表現と鑑賞」のカリキュラム・教材・ツール開発,③インクルーシブマインド/スキルを持った人材育成,を3つの柱として推進する。今まで蓄積してきた「協同と表現のワークショップ」の研究成果に新しい「インクルーシブデザイン」の視点を導入することによって,遅れている障害児における表現学習の実証的研究を発展させることが可能になる。

研究の学術的背景



日本の障害児教育におけるアート(美術,音楽,身体表現等)の教育はかつて主要教科と呼ばれていた時代を経て,現在消極的な余暇や職業準備として技能主義的な扱いを受けている現状がある。
 また障害児の美術教育研究は障害児の才能を特別なものとして発見し,作品が注目された歴史がある(盲児の造形:福来四郎1950 など)。しかしながら,アカデミックな研究が放置され(最近10 年間の学会誌掲載論文数は25 本),体系的実証的研究の遅れがこの領域を場当たり的なものにしてきた。1990 年以降障害者アート(アールブリュット,アウトサイダーアートなど)が受容され,公的支援(厚生労働省・文化庁『障害者の芸術活動への支援を推進するための懇談会』2013)にまで発展すると,大学GP での取り組み(武蔵野美術大学,白梅短期大学),美術館の障害者対応の拡充の他,若手専門研究者の精緻な実証的研究 (池田吏志,森芸恵)もみられるようになった。さらに美術科教育学会に「インクルーシブ美術教育研究部会」(2014,茂木一司主査)が設置され,研究基盤ができたことや障害者や高齢者のいる社会が承認され,その問題解決のためのインクルーシブデザインが注目され,学校の授業にも導入されるようになった。
 このような現状の中で,本研究ははじまったばかりの「インクルーシブ教育システム」を,アート(芸術)教育を基礎にして構築しようする試みである。同システムは障害者権利条約の批准(H26.1)に基づき,障害のある子とない子が共に教育を受ける権利を保障する基本理念である。「障害者が人格,才能,創造性を最大限に発達させ,自由な社会に効果的に参加する」インクルーシブ社会の実現に
は,相互の違いを認め合いながら新たな文化を創造できるアートの学びが力を発揮する。本研究は,アートの教育を「人が生きるための根源的な学び」と捉え、多文化共生の学習として提案する。

研究目的



目的I:アートを活かしたインクルーシブ教育システム構築の基礎理論(枠組み),及びアーツ前橋をHUBにした地域支援コミュニティ構築のための調査研究
① インクルージョンとインクルーシブ教育の定義を過去・現在・未来の観点から分析・構築する
a. 特殊教育,統合教育,特別支援教育から
b. アールブリュット,クリエイティブシティなどのアートによる社会改革をふまえ,芸術学(美学),美術教育学の視点から
c. ソーシャルインクルージョン(社会的包摂)をふまえた福祉・ケア学とインクルーシブデザインの視点から
② 前橋におけるインクルーシブ教育システム(組織構築)及びモデル事業を作成・実施・評価する地域を1つの学校(まえばしインクルーシブ・アートスクール構想)と考えて,①の理論と組織づくり・カリキュラム作成・評価を一体化して研究を実践的に進める。

▼研究目的2 「合理的な配慮」を具体化するインクルーシブデザインによるメディア教材とカリキュラム開発(アート鑑賞と制作ワークショップ)プロジェクトの実践・評価と社会還元方法に関する研究
① 「合理的配慮」に基づいた学習環境デザインの理論づくりから,学習のユニバーサル化を考えたWS題材の開発・実践・評価をする
a. 障害のある子とない子が共に学び育つためのインクルーシブな学習デザイン理論をアーツ前橋での実践によって構築する。
b. アート教育の欠点である実証的な研究の欠落を補完するために,アーツ前橋におけるインクルーシブなメディア教材の開発とWSプログラムモデルを開発・実験する。あらかじめルーブリックを活用したパフォーマンス評価システムを導入し,授業解析のための質的リサーチメソッドの研究をする。
c. bに連動し,公的資金の成果を社会還元する方法(展覧会等)を開発する。

▼研究目的3 支援員育成・研修プログラム構築
上記の研究を支えるには高度なマインドとスキルを持つ支援員(学校教員,コーディネータ,ファシリテータ,美術館学芸員,アーティスト,学生ボランティアなど)育成が不可欠だ。申請者は2度「WSリーダー研修」(2012~13)を実施し,ノウハウを蓄積しており,研修自体をWS化にする「マネジメントWS」を開発し,実施する。そのために、アート系・教育・福祉系NPOの教育力=教育の公共性に関する視点やスタッフの養成力に注目し,人材育成プログラムの調査や開発を行う。